今回ご紹介するのは、倉本一宏著『平安貴族の夢分析』(吉川弘文館、2008年)です。
著者の倉本一宏氏は1958年生まれ。2025年現在、国際日本文化研究センター及び総合研究大学院大学の名誉教授を務められています。平安貴族の記録した日記(古記録)の解読を通して、平安貴族の政治・文化・社会・宗教の真の姿を解明してこられました。また、2024年の大河ドラマ「光る君へ」では時代考証を担当されています。本書は、これまで研究の少なかった平安時代中期の古記録(日記)を主な考察対象とし、平安貴族たちの見た夢を分析して、その歴史的な背景や古記録を記した記主の個人的な背景を考えようとするものです。古記録に記された夢は、実際に見た夢を潤色を加えないまま、目覚めた直後に示されている点で、夢を研究するには貴重な資料だと感じました。
私がこの本を手に取ったのは、図書館で『平安貴族の夢分析』というタイトルが目に飛び込んできたからです。『夢分析』といえばフロイトとユング、という感覚でいた私にとって、『平安貴族の夢分析』というタイトルは斬新な視点でした。
本書は大きく6章で構成されています。「夢とは何かーはじめに」から始まり、平安朝の文学に見える夢を説明した後、貴族の古記録と夢について時代ごとに考察しています。そして「平安貴族は何を夢みたのか―おわりに」でまとめています。全部で259頁、一気に読み切れる分量かと思います。
そして、本書の目的は、「主に事実を記した古記録を読み解くことによって、個々の夢に対する分析を行い、平安貴族が夢をどのように考えていたか、そしてどのように対処していたかについて追究する」(はじめにより)点にあります。
私が本書を読んで感じたことを2点述べたいと思います。
1点目は、「夢とは何かーはじめに」の部分が、夢についての大枠を理解するのに私にとって非常に役に立った、というものです。本書の主要テーマである平安貴族の夢分析とは少しずれますが、フロイトとユングの夢の理解の違いのみならず、脳生理学に基づいた解説もされています。この脳生理学に基づいた夢の理解に基づいて、平安貴族が見た夢の解釈がされている点が斬新でした。特に、古代の人々は夢を神仏からのメッセージとして送られてくるものだと考えていた、と短絡的に考えることに著者が警鐘を鳴らしているのには驚くとともに、なるほどと思いました。
2点目は、数字を用いての分析が随所にある点で、非常に「論文的な」文章だと感じたことです。例えば、有名な源氏物語の中で夢という言葉が何回使われているか、といったことも表で表されています。このように数字を用いた分析から、古記録のなかでも夢が頻出しているものとそうでないものとに分け、その理由についても考察されていることに驚嘆を覚えました。ただ、数字は文章を読むのに不要だと感じる人にとっては少々読みづらさを感じるかもしれません。
まとめると、本書は夢分析について近代心理学の著書を読み飽きた人にとっては、知的好奇心が満たされる良書だと思います。また、大河ドラマ「光る君へ」の時代考証者による解説として、平安時代を生きた貴族たちの新たな一面を知ることができる点でも価値ある書籍だといえるでしょう。

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